崇元寺石門と泊外人墓地

沖縄で生まれ育ったけれども、今まで一度も足を運んだことがない2箇所。今回、写真撮影を機に行ってみました!どちらも那覇市泊エリアということで歩いて行ってみました。国重要文化財にも指定されている崇元寺石門、那覇市の指定史跡である外人墓地。ちょっとワクワク(〃´Д゚艸)です。

崇元寺石門

崇元寺(そうげんじ)とは、1527年に創建されたとされている臨済宗のお寺で、第二次世界大戦(沖縄地上戦)で焼失・全壊。そんな中で3連アーチ型の石門は崩壊から免れて残っているそうなんですね。そして国重要文化財にも指定されている歴史的な建造物というそうです。

場所は那覇市国際通りからはちょいと離れていて徒歩約5,6分程度。目立った誘導や、大きな看板などは無いと思われるので地図を見ながら歩いて行くといいと思います。

道沿いのアーチ門(3つあるんですね)をくぐるとガジュマルが作った少し薄暗いけれど涼しくて不思議な空間が広がっています。あの砲弾の中でこの門だけでも残ったっていうのは驚きですよね。ただ、茂みの奥に入って行くとシートを敷いて寝ているおっちゃんを発見したので女性のみでの散策はちょっと注意が必要かも。

  • 29号線、崇元寺通りを通るとひっそりと佇む3連アーチの石門が姿を表したら、それが崇元寺石門です。

  • 那覇市の国際通りから徒歩約10ほど。沖縄モノレール(ゆいレール)美栄橋駅・牧志駅のほぼ中間距離

  • 沖縄戦の戦火を奇跡的に免れた史跡・遺跡はただ静かに、そこに時代の変化を見守るように位置していました

  • うっそうと茂るガジュマルを背景に、当時と姿を変えずに3連アーチ門が出迎えてくれている気がしました。

  • 中に入ると階段(石段)があった。歩を進め、石門を見下ろす。眼下には何もない空間が広がっていました。

  • 沖縄戦の当時、この向こうからコチラ側では、コチラ側から向こう側では一体何が見えたのでしょうか。

  • 沖縄戦(第二次世界大戦)で焼失・全壊した中で残ったこの石門が現代の私達に投げかけるものとはなんだろうか

  • 階段(石段)は約10段あり、一段一段登るごとに頭上では大きく両手を広げたようなガジュマルが近づいてくる

  • 血管のように入り組んだ根、そして枝木が屋根のように、その空間を当時の崇元寺を再現してくれているようだ

  • 石段を登り切ると、当時は境内だった場所に辿り着く。そこから振り返った風景。とても寂しい印象を受けるね。

  • 視点を変えてみると、ガジュマルの壮大さがよくわかる。歩く、と表現されるほど勢力を広げるガジュマルの生命力

  • 周囲は当時の面影がほとんど残っていないのでしょうね。住宅街と化しています。再建されないのでしょうかねぇ

  • なだらかなカーブ(曲線)を描く外壁の滑らかなこと。あの戦火をくぐり抜けたなんて本当に奇跡だと思いますよ。

  • 休日には近隣のお年寄りたちがゲートボールをする姿も見受けられます。市民の憩いの場として定着しているようです。

旅行・観光ガイドに載っていない隠れ観光スポット

沖縄旅行本・観光ガイドに載っている場所ってもうどこも行き尽くされているような気がする。が、ここ崇元寺石門は一応観光ブックには載ってはいるものの、ほぼ、足を伸ばさない場所(汗)。だからこそ!?行ってみる価値が有るような気がしますが、事前にある程度の予備知識を入れたほうが楽しめると思いますよ。

また、都市伝説!?ただの噂話・作り話かはわかりませんが、崇元寺石門のバス停で、幼少の頃の安室奈美恵さんが沖縄アクターズスクールの校長にスカウトされたとか!?真偽の程は定かではありませんが、なんだか神秘めいた場所であることは間違いないです。

  • 石垣を伝うツタ(蔦)・植物から生きとし生けるもの全ての生命力を感じます。もちろん、私達人間も生き抜いているんですからね

  • 当ページ下部の泊外人墓地とは違ってあまり管理されていないのでしょうか。ゴミや雑草が伸び放題なのが少し気になりました。

  • 少しばかり散策して休んでいると、朝日が昇ってきて私の体内時計に朝を知らせてくれました。みなさんおはようございますって!

  • お行儀が悪いですが、(ま、誰も見てないので)ちょこっと寝っ転がってみました。落ち葉がクッションになって案外気持ちいい

  • 3連アーチを中から撮影してみたのですが、この石門の上はどのようになっているのだろうか、とふと気になったんですね。

  • 横に回って登れるかどうかを調べてみたのですが、特に階段(石段)のようなものは見受けられませんでした。反対に廻ってみよう。

  • 綺麗に敷き詰められた石畳です。首里・金城町の石畳を彷彿とさせるキレイな石組みに、琉球王朝時代を疑似体験する妄想をしてみる。

  • アーチ門の向こうには高層マンションが立ち並び、『わ』ナンバーの観光客が乗るレンタカーが無数に走り去っていきます。

  • 石門を潜って右側にある林のような場所[築山(つきやま)?]に登ってみます。こちらから石門の上に上がれそうな、できなさそうな。

  • お!登れました!すると先ほど頭上にあった石門が足元に、そして境内内を見下ろすことができました。壮観な光景です。

  • そして石門の上に近付いてみると、ん?植物が育っています。当時から石門の上がこうだったのかはわかりませんが、面白いですね。

  • 築山?の林郡から石門を眺めた図。で、ここだけの話、林の中に人が眠っていました(笑)。酔っ払って迷い込んだのでしょうか。

  • 歩道側を見下ろした図。あぁ、このバス停留所であの大スター安室奈美恵氏が誕生したのかもしれないのですね。立ってみようかな。

  • さて、紅葉した落ち葉を手に取り、重要文化財の雰囲気を堪能して当時の状況を頭のなかで再現してみる時間もそろそろ終わりの時

  • なぜか角・隅っこに集まった瓦礫が物憂げな雰囲気を醸し出しています。ぜひ、復元してもらいたいところですが、難しいのかな

  • 石門をくぐって外に出ると、敷地の角(東側)に石碑が建っていました。石板には由緒書きが記されています。臨済宗のお寺だった、などなど

  • その近くに建っているもう一つの石碑は崇元寺下馬碑(そうげんじげばひ)。西側の碑は戦争で焼失・全壊して今は残っていない。

  • [下馬碑]下馬とは、そこより先の乗馬を禁ずることで、下馬碑はその場所を示す碑をいうそうだ。境内は今は公園になっているのだ

  • さて、どうでしたでしょうか、崇元寺石門。行ってみたくなりましたか?沖縄へ訪れた際はぜひ時間を作って足を運んでみてくださいな。

泊外人墓地(とまりがいじんぼち)

制服がない泊高校の目の前に位置する泊外人墓地。お洒落な高校生と色とりどりの鮮やかな花が献花された場所から、なんだかとても不思議な印象を持っていたのですね。初めて足を踏み入れたその空間は

沖縄がまだ沖縄県ではなかった琉球王朝時代、この地にキリスト教の布教や貿易を目的として移住した外国の人々が眠る場所。1853年に琉球を訪れたペリー提督の上陸記念碑も建っています。ジョン万次郎は訪れたのだろうか。

  • 泊ふ頭を過ぎて、沖縄県立泊高等学校を背に見えてきたのが泊外人墓地。早朝に撮影した一枚です。

  • 鳥のさえずりだけが辺りに一日の時間の流れを告げる。清掃管理のおっちゃん・おばちゃんが花のお手入れ。

  • INTERNATIONAL CEMETERYとは共同墓地のこと。語源は、ギリシャ語で「眠る場所」という意味のようです。

  • 泊外人墓地の説明・紹介板。設置の経緯、ウランダー墓、訪れた際はまずこの内容をじっくりと読んでみては

  • トックリヤシなど様々な植物に囲まれた墓碑がいくつも並んでいる。丁寧に、大事に管理されているのがわかる

  • ペルリ提督上陸の地という石碑。琉球人の繁栄を祈り且つ琉球人とアメリカ人とが常に友人たらんことを望む

  • 沖縄(琉球)で没した外国人たちのお墓が整然と並ぶ様子。なんだか時の流れが止まったような錯覚を覚えたんです

  • 献花の絶えない様子から管理はしっかりと行われているようですが、参拝する人は早朝だからかいませんでした。

  • お昼時間・夕方になると、泊高等学校の生徒が囲いの壁に座ってゆんたく(おしゃべり)する姿をよく見掛けます。

  • 水やり、草刈りなど、しっかりと管理されているのが、色とりどりに咲き乱れる花からわかります。

  • ピンク色のきれいな花の名前はなんていうのだろうか。ちなみにピンクは日本語でもピンクと表現するようだ

  • 早朝の鮮やかな青空に、ピンク色の花が映えて綺麗だ。雲の白、空の青、花のピンク、そして木々の緑のコラボ

  • 歩道と車道の境界線を美しく彩る花々が咲き乱れています。歩行者の目を楽しませているような気がします。

  • ほのかに香ってくる花の匂いがまだ起きたばかりの私の目覚めの瞬間となって一日のスタートを合図しています。

  • この地に眠る異国の人たちも、きっとこのような手入れをしてくれる方々に感謝していることでしょうね

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