久米至聖廟(くめしせいびょう)は日本最南端の孔子廟

2013年6月に那覇市若狭から那覇市久米に移転した久米至聖廟(くめしせいびょう)。元々は久米にあったんだけれども、沖縄戦戦で焼失・損壊して無くなり若狭に移転せざるを得なかった。そして69年振りに那覇市久米に移転することができたのですね。

久米至聖廟(久米孔子廟)とは、人としての生き方と社会の理想を説いた古代中国の哲学者で儒学の創始者、孔子を祀る廟(ホームページから引用)。

学問の神様

儒学の創始者である孔子を祀る(まつる)久米至聖廟。儒学(じゅがく)とは、中国古代の儒家思想を基本にした学問のこと。ん?そういえば中国の国学として知られている?(いや、定かではないので参考にしないように!)

通路の隙間から見える波の上ビーチ

1674年(延宝2年)、琉球王府の公費そして寄付金で久米村に建てられたそうです。そして1944年(昭和19年)の沖縄地上戦、10・10空襲で焼失(損壊)。若狭に移転したといいます。

それから昭和・平成を年号を経て69年振りに久米の地に戻ってきた、という経緯でしょうか。意図せずの世の流れが沖縄世(ウチナー世)のようで感慨深くなりますね。

  • 青空に映える赤瓦の久米至聖廟の門

    快晴に晴れた青空に映える赤瓦の久米至聖廟の門

  • 入り口の門から真っ直ぐに伸びる一本の通路

    両側を芝生に囲まれた一本の白い通路が真っ直ぐに伸びる。

  • 若狭から久米に移った新しい久米至聖廟

    若狭から久米に移り戻った新しい久米至聖廟の白い通路が太陽に照らされる。

  • 青空に映える新大成殿

    那覇市久米のの松山公園内に建立された新大成殿

  • 階段の中央に設けられた石碑

    大成殿への階段の中央に設けられた石碑にはどんな意味が

  • 至聖廟の本殿である大成殿

    首里城のような赤い瓦、色をした大成殿は至聖廟の本殿である

  • 大成殿の中の孔子像と神位

    大成殿の中には孔子像と神位が並び、鎮座している。

  • 本殿の屋根を支える柱の彫刻

    本殿の屋根を支える柱の彫刻は龍が巻き付いているようだ

  • 金色の「大成殿」 の扁額

    金色に輝く「大成殿」の扁額は畳一畳ほどの大きさである

  • 楷の樹(かいのき)別名『孔子の木』

    楷の樹(かいのき)は別名『孔子の木』と呼ばれる

  • 楷の樹(かいのき)の説明板

    楷の樹(かいのき)は孔子の木、孔子樹とも呼ばれる

  • 本殿から至聖門を振り返った図

    本殿から至聖門を振り返った図である。快晴だ。

  • 至聖門(外側)にある説明板

    至聖門(外側)にある説明板である。開門時間をチェック。

  • 那覇市若狭の久米至聖廟

    こちらは那覇市若狭の久米至聖廟である。緑が豊富だ。

2013年(平成25年)に若狭から久米に移転

なぜ今、久米至聖廟なのか、について一人悶々と私は考えるわけでありますが、同じく、各人で考えてください。第二次世界大戦(沖縄地上戦)で消失した久米至聖廟は久米から若狭、そして今、再び久米に戻る。歴史は繰り返すというが、さてこの先の将来・未来はどうなるのであろうか。

  • 若狭の久米至聖廟の門

    那覇市若狭の久米至聖廟の門からの図。

  • 那覇市若狭の久米至聖廟の石碑

    若狭の至聖廟内に建てられている石碑である

  • 琉球国新建至聖廟碑記

    琉球国新建至聖廟碑記である。内容は、私には読めない。

  • 琉球国新建至聖廟碑記

    琉球国新建至聖廟碑記である。やはり、私には読めない。

  • 釋奠(せきてん)の後の香炉について

    釋奠(せきてん)の後の香炉についての説明書き

  • 若狭の本殿から至聖門を振り返った図

    那覇市若狭の本殿から至聖門を振り返った図

  • 那覇市若狭の本殿

    背に緑を湛える若狭の本殿の図。壮観である。

  • 至聖門の横に鎮座する石碑

    那覇市若狭の至聖門の横に鎮座する石碑。

  • 若狭の至聖廟の門

    観光客が絶え間なく訪れる若狭の至聖廟の門

  • 至聖廟の隣の旭ヶ丘公園の入り口

    至聖廟の隣の旭ヶ丘公園の入り口

  • 旭ヶ丘公園の入り口

    私の散歩コースだった旭ヶ丘公園の入り口だ

  • 公園内に続く砂利石の通路

    旭ヶ丘公園内に続く砂利石の通路

  • 対馬丸犠牲者の慰霊碑「小桜の塔」

    対馬丸犠牲者の慰霊碑「小桜の塔」に辿り着いた。

  • 脇道から続く波の上ビーチへの通路

    脇道から続く波の上ビーチへの通路の図

  • 旭ヶ丘公園の頂上から眺める風景

    旭ヶ丘公園の頂上から眺める風景

  • 旭ヶ丘公園の頂上から眺める風景

    旭ヶ丘公園の頂上から眺める風景

  • 旭ヶ丘公園の頂上から眺める風景

    旭ヶ丘公園の頂上から眺める風景

  • 旭ヶ丘公園内の通路に生える植物

    旭ヶ丘公園内の通路に生える植物たち

対馬丸記念館(つしままるきねんかん)

沖縄戦闘時の学童疎開船であった対馬丸(つしままる)の犠牲者をの記憶・記録を残そうという想い・意思で建てられた記念館である。沖縄での戦争が現実味を帯びてくるに従い、疎開を命じられた沖縄人(ウチナンチュ)たちが載った疎開船。なんと、乗船客約1800名のうち学童775名を含む1418名が犠牲となった。

その鎮魂の想いを未来の人たちが一時も忘れることがないように願う。また平和の尊さも大事だが、戦争が起きた背景(政治・経済的な)も深く調べ、そして自分の頭で考えることで、過去を参考に未来を予測しうることが可能になる。

  • 対馬丸記念館の壁面

    打ちっぱなしコンクリートの建築である記念館の外観

  • 無機質な素材のコンクリート造の外観図

    無機質な素材のコンクリート造の外観図が時を語る

  • Tsushima Maru Memorial Museum

    Tsushima Maru Memorial Museum is never die

  • 野良猫がくつろぐ駐車場・広場

    記念館の周辺では野良猫がゆったりと寛ぐ姿を観ることができる

那覇市若狭の神社 波上宮(なみのうえぐう)

普段は閑散として野良猫の憩いの場!?というか散歩コースにピッタリなほど静かで落ち着ける場所なんですよね。はい、若狭の波上宮のことです。大晦日・元旦の初詣はもうね、大勢の人たちで賑わって大変な混雑するのも有名。お隣の波の上自動車学校のコースが臨時駐車場になりますよね。

  • 波上宮の入り口

    波上宮の入り口の鳥居。この坂を上がって拝殿にたどり着きます。

  • 波上宮の綱をかけた鳥居

    波上宮の綱をかけた鳥居・社。厳かな空気が漂っている。

  • 拝殿前に立ち寄る手水舎

    心洗 参詣者が手や口を漱ぎ清めるための手水舎。

  • 四方吹き放しになっている手水舎

    四方転びの柱が用いられ、四方吹き放し。

  • イラスト:手水(てみず)のつかいかた

    手水(てみず)のつかいかたの説明イラスト

  • 神社の隣の広場

    波上宮の隣の敷地には広場がある。地元民が寛ぐ。

手水舎は「てみずや・ちょうずや」と読み、参拝者が身を浄めるために手水を使う施設のこと。水盤舎(すいばんしゃ)とも呼ばれることもあるそうだ。(by Wikipedia)

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