沖縄平和祈念堂・平和祈念公園
沖縄県本島南部の糸満市摩文仁。そこに平和祈念公園・平和祈念堂があります。休日には、県内外・国外からの観光客が訪れます。夏休みにはセミ取りをする親子、また広い原野でキャッチボールや凧揚げ、自転車を楽しんだり、弁当を持参してピクニックをする家族も見受けられます。
平和学習としての場
平和学習を目的とした県内外の修学旅行生が毎年訪れています。平和を希求する千羽鶴・献花が耐えないこの地でそれぞれが平和に対する想いを深めています。

本島南部の丘陵を望む場所にある平和祈念公園。そこから北にあるのが昭和53年に完成した沖縄平和祈念堂。18年という長い時間で製作された沖縄平和祈念像は山田真山氏が原型を手がけたのだそうだ。
暗さと静寂の中で戦没者への慰霊を深め、平和に対する希求の心を養うことができる。
摩文仁の丘から見下ろす崖の上に立つと眺められる真っ青な青が広がる空と海。
平和祈念堂の階段頂上(入り口)から式典広場を撮影。時計台からまっすぐに伸びた通路
平和祈念資料館・平和の礎の方向を撮影した一枚。夜になると光害のない真っ暗闇に
平和祈念資料館の館内通路から入り口を振り返って撮影した一枚。切り取った絵画みたい
平和祈念像を横から見た図。山田真山が18年もの長い年月をかけて完成させた。
山田真山自身、沖縄戦で長男と三男を失うという経験をしているそうです。完成直後に逝去。
平和の想い・願いを込められた千羽鶴。戦争を二度と、同じ経験を二度とせぬようにと。
公園ではオオゴマダラの食草であるホウライカガミが植えられている。写真はオオゴマダラ
黄金色をしたオオゴマダラの蛹(さなぎ)。日本一大きな蝶として有名だけど蛹も美しい。
至近距離から黄金の蛹(さなぎ)を撮影した一枚。まるで宝石のような輝きを放っている。
黄色い液体が蛹の中にあることでこのような黄金色を作り上げているのだとか。見とれてしまう
毒のあるホウライカガミを幼虫時代に食べることで成虫(蝶)になった際に鳥に食べられない
成虫になっても残った毒が鳥に覚えられることで捕食されることから身を守っているそうです。
オオゴマダラがゆったりと優雅に飛ぶさまは見とれてしまうほど美しい。ただ大きいだけじゃなく。
ホウライカガミの花も幼虫はよく食べるそうです。葉よりも花のほうが香りと味が良いのでしょうか。
子供時代は運動・大人時代は平和運動
平和記念公園は子供時代はセミ取り・トカゲ取り、自転車やキャッチボールでよく遊びに行った場所。広い芝生の上で寝っ転がってもいいし弁当を広げて青空ランチを楽しんでもいい。子供時代の楽しみ方はそれでもいいと思う。
そして大人になったらいつの間にか戦争に対する考えや知識も蓄積されて平和を願う気持ちと大切さを繰り返し感じるために足を運ぶ。いつの世代になっても活用できる場所かもしれない。
軍人よりも一般市民の犠牲が多かった沖縄戦の歴史を学ぶために設立された資料館。
定期的に催し物が開催されているので事前に調べてから行くといいかもしれないです。
休館日は年末年始、そして臨時の場合のみ。開館時間と閉館時間を調べて行ってみよう。
入館は無料だけど常設展示を閲覧するためには入場料金(大人・子ども)が必要です。
数百台も駐車が可能な広い駐車場あり。駐車場の利用料は無料。バスも数十台駐車可。
6月23日の慰霊の日は観覧料が無料になる。ぜひぜひ行ってみてはどうでしょうか。
また、県内の小中高等学校の教育活動の一環の場合も観覧料が無料になるそうです。
あ、駐車場は那覇マラソンが開催される日は駐車ができないかもしれませんよ!
無料貸出サービス:車椅子、ベビーカー、音声ガイド(5ヶ国語)詳しくは案内カウンターへ
沖縄戦などで亡くなった全ての人々の氏名が刻まれているのが記念碑「平和の礎」
国籍だったり、軍人や民間人だったかどうかなど区別なく全ての人の氏名が刻まれる
園内を歩いてみると気づくのが外国人が多いということ。それも一人だったりね。
広場の中央にあるのが1995年6月23日の「慰霊の日」にここにきた「平和の火」。
沖縄戦最初の上陸地である座間味村阿嘉島において採取した火と被爆地広島市の
「平和の灯」及び長崎市の「誓いの火」から分けてもらった火が合火したものなのだ。
断崖絶壁か望む海岸線
放射状に広がる刻銘碑の広場には平和の火が灯され、その後ろの断崖絶壁からはまばゆいほどの青い海・空が広がっている。眼下に見える海岸線では白い波が寄せては返している。
戦時中、沖縄の人々は何を想い、何を考えていたのでしょうか。まさか戦争になるとは
平和の火から平和の礎を眺めた図です。騒音も何もない、ただ風と波の音しか聞こえない
頭へ刺激となるものが排除されたこの空間で当時の状況を空想して平和について学ぶ
平和の灯の周りをゆっくりと一歩一歩グルリと歩いてみる。あ、外人に写真撮られた
のどかな風景が広がるこの地で本当に戦争が繰り広げられたのか全く信じられない
遠くまで広がる海岸線では白い波しぶきが絶え間なく飛び散っている。
平和の礎・平和の灯を少し超えるとそこは断崖絶壁の美しい海岸線、海が広がっている
献花が絶えない平和の礎(いしじ)。この地で亡くなった方々のご冥福をお祈りします
約25万名の刻銘が可能という刻銘碑が広がる光景です。円弧の形で配置されています。
美しい海岸線ですが、当時(戦時)、ここから実際に身を投げた方もいるそうです。
真っ青な空に白い雲が浮かび、その影が海面に写っています。みな写真を撮っています。
なだらかな曲線を描く海岸線で長い時を経て侵食された岸壁がそそり立っています。
子供たちが平和についての関心を抱かせるような平和学習の場であって欲しいです。
広い芝生の中には「平和の丘」という石碑が建っています。とても広い空間です。
芝生を見渡せるエントランス広場の中に建つ時計塔。
摩文仁(まぶに)の丘
地元の人達は平和祈念公園とは呼ばずに摩文仁(まぶに)の丘と呼ぶ人もいます。(※公園付近一帯を含めてそう呼ぶ人もいます。)糸満市と八重瀬町をまたがる広い沖縄戦跡国定公園です。